日産追浜工場の跡地はどうなる?カルマンギアを作ったVWの工場が、先にアイアンドームを作り始めた

VWオスナブリュック工場の防空施設転換と日産追浜工場跡地問題を象徴する、薄暗い自動車工場内に置かれたクラシックカーのシルエット
PR 本記事は商品紹介を含むプロモーション記事です

日産自動車の追浜工場(神奈川県横須賀市)の跡地は、どうなるのか。

2027年度末に車両生産を終えるこの工場については、米国の防衛スタートアップ「アンドゥリル」が取得を協議していると報じられ、防衛省による取得案も浮上しています。
2026年9月時点で、まだ何も決まっていません。

ただ、答えのヒントはドイツにあります。

2026年9月7日、フォルクスワーゲン(VW)が工場を1つ手放しました。
ドイツ北西部オスナブリュックにある、従業員1,800人の工場です。
買ったのはテルアビブに本拠を置く投資会社。
そこでは今後、イスラエルの防空システム「アイアンドーム」向けの装備が作られる計画になっています。

ニュースとしては、それだけの話です。実際、日本語の報道もそこで止まっています。

ただ、この工場の正体を知ると、話の温度がかなり変わります。

ここはカルマンギアを作った工場です。

ビートル・カブリオレも、初代ゴルフ・カブリオレも、シロッコもコラードも、ポルシェ914も968も、そして現行のボクスター/ケイマンの一部も、ここから出ていきました。

カルマンギアを作った工場が、ミサイル防衛システムの部品を作る。
追浜がこれから通るかもしれない道を、この工場は数か月早く歩いています。

FACT CHECK

  • VWは2026年9月7日、オスナブリュック工場(Volkswagen Osnabrück GmbH)をアウレリウス・キャピタルとニーダーザクセン州に売却する基本条件で合意したと発表。
  • 過半を握るのはテルアビブ拠点のアウレリウス・キャピタル。州は少数株主。産業パートナーとしてイスラエルのラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズが入る。
  • 作られるのは防空システム向けの車両・発射機・発電機など。迎撃ミサイル「タミル」本体ではない。
  • 車両生産は2027年夏に終了。従業員2,300人のうち1,200人超の雇用が維持される見通し。
  • 取引は最終合意・社内承認・規制当局審査が残っており、完了していない。
スポンサーリンク

VW自身は、やりたくてもできなかった

この件で日本語報道がほぼ触れていない前半戦があります。ここが本記事でいちばん伝えたい部分です。

VWはもともと、自社でラファエルと合弁を組むつもりでした
2026年4月には基本合意書(LOI)まで署名しています。
オスナブリュックの2,300人の雇用を丸ごと救える案でした。

それを潰したのが、VW自身の株主です。

ALERT

17

カタール投資庁(QIA)が握るVWの議決権比率。出資比率は約10.4%だが議決権は17%で第3位株主、監査役会20議席のうち2議席を占める。2026年7月、ブルームバーグと独ビルトは、QIAがラファエルとの合弁案を阻止したと報じた。カタールとイスラエルに正式な外交関係はない。

つまり今回の「工場売却」は、カタールの拒否権を迂回するために組まれたスキームです。
VWが防衛事業の当事者から完全に降り、会社ごと第三者に売ってしまえば、監査役会でカタール代表が反対する対象そのものが消える。
買い手はVWと無関係の立場でラファエルと組める。

ニーダーザクセン州が少数株主として入っているのは、この構図を理解するうえで重要です。
州はVWの第2位株主でもあります。
同じ会社の株主同士が、社外で組み直して、社内で否決された案を実行しようとしている。
こういう構造を見ると、私はどうしても資本の裏側を覗きたくなる性分でして。

ちなみに「中東のソブリンマネーが、企業の意思決定を実際に動かす」という現象そのものは、日本でも他人事ではありません。
アブダビのムバダラが石垣島のリゾートを402億円で押さえていた話を書いたときも、同じ筋の話でした。
金の出どころは、だいたい同じ地図の上にあります。

買い手「アウレリウス・キャピタル」とは何者か

日本ではまず知られていない名前なので、整理しておきます。まず、ミュンヘンにある同名の投資会社(アウレリウス・グループ)とはまったくの別会社です。ここを混同した解説をいくつか見ました。

今回の買い手は、2025年に設立されたばかりのテルアビブ拠点の防衛・デュアルユース技術ファンドです。
創業はアロン・リフシッツとトメル・ヤコブ。
前者はイスラエルのVCハナコ・ベンチャーズ出身、後者はUBSでイスラエル投資銀行部門のヘッドを務めた人物です。

そして、シニアパートナーの顔ぶれがこのファンドの性格を語っています。

  • マイケル・ロジャース — 元米国家安全保障局(NSA)長官
  • アミール・エシェル — 元イスラエル空軍司令官
  • ウディ・ラヴィ — 元モサド副長官

掲げているスローガンは「剣ではなく、盾を(shields, not swords)」。
サイバーセキュリティ、対ドローン、衛星といった非殺傷分野に投資する方針で、初期調達は5,000万ドル(約77億円)、最終的に1億5,000万ドル(約230億円)を目標としています。

もう一度、数字を並べてみてください。
設立1年、約77億円で立ち上がったファンドが、創業125年・従業員1,800人のドイツの自動車工場の過半を握る。
これが2026年の欧州で起きていることです。
ファンドの規模より工場の解体費のほうが高いのではないか、と一瞬思いましたが、そこは州政府が横にいるわけで。

この工場は、カルマンギアを作った工場である

ここからは、クルマ好きにとって少し痛い話です。

オスナブリュック工場の前身は「ヴィルヘルム・カルマン社」。
1901年、馬車工房を買い取るところから始まった会社です。
1949年にVWからビートル・カブリオレを受注し、以後、量産メーカーがやりたがらない「少量生産とオープンカー」を一手に引き受ける専門工房として生きてきました。

そして1955年、カルマンギア。
ビートルに次ぐVW史上2番目の乗用車として世に出たこのクーペは、1974年までに44万3,482台が作られています。
イタリアのカロッツェリア・ギアがデザインし、ドイツのカルマンが叩き出した、戦後ヨーロッパでもっとも美しい大衆車の1つです。

MADE IN OSNABRÜCK

  • 1949–1980 ビートル・カブリオレ(33万1,847台)
  • 1955–1974 カルマンギア(44万3,482台)
  • 1969–1976 ポルシェ914
  • 1979– ゴルフI カブリオレ、以降シロッコ、コラードなど
  • 1991–1994 ポルシェ968
  • 2012– ポルシェ・ボクスター/ケイマン(生産補完)
  • 現在 T-Rocカブリオレ(VWブランド唯一のオープンカー)

カルマンは2009年に経営破綻。VWが工場と開発機能を引き継ぎ、Volkswagen Osnabrück GmbHとなった。100台を超えるカルマンの歴史車両コレクションもVWが承継している。

2009年、カルマンは破綻しました。
VWが工場を買い、「カブリオレと少量生産のコンピテンスセンター」として位置づけ直します。
ところが、その後VWブランドはオープンカーをほぼ作らなくなり、残ったのはT-Rocカブリオレ1車種。
稼働の穴はポルシェの718シリーズの生産補完で埋めていました。

そのポルシェ718(ボクスター/ケイマン)のガソリン版が、2025年10月に生産終了。
残価率88%を叩き出す911ターボSのようなモデルとは違い、718はEV化の波に飲まれて後継が宙に浮きました。
仕事がなくなった工場に、次の仕事として来たのが防空システムだった——順番としてはそういう話です。

気になるのは、あの100台超のカルマン・コレクションがどこへ行くのかです。
カルマンギアの実車が並ぶ倉庫の隣で、発射機の溶接が始まる絵を想像すると、さすがに座りが悪い。

3日前、VWは「営業利益率1%」と言った

ではなぜ、VWは工場を守れなかったのか。決算を見るとすぐわかります。

この記事を書いている3日前、2026年9月18日の金曜夜。VWは今年3度目の下方修正を出しました。

GUIDANCE CUT — 2026.09.18

1

2026年通期の営業利益率見通し(従来4.0〜5.5%)。上半期にすでに59億ユーロの営業利益を計上済みのため、これは実質的に「下半期は営業赤字」を意味する。

  • 特別損失 約100億ユーロ(約1兆7,800億円
  • うちポルシェ事業ののれん減損 約60億ユーロ(約1兆700億円
  • 2026年通期売上高見通し 約3,150億ユーロ(約56兆円
  • VW優先株は当日5.5%安の76.52ユーロで引け、52週高値を25%以上下回る

のれん減損というのは、要するに「昔この事業を買った(あるいは評価した)ときの値段が、高すぎました」と会計上で白状する処理です。
現金は出ていきません。ただ、1兆円分の見立て違いを認めたという意味では、現金以上に重い。
しかも昨年も30億ユーロの減損を出しています。2年連続です。

直近の業績を並べると、悪化の筋道がはっきり見えます。

  • 2025年通期/営業利益89億ユーロ(約1兆5,800億円)、前年比53%減。営業利益率は5.9%から2.8%へ
  • 2026年上期/販売400万台(8.4%減)、売上高1,581億ユーロ(0.2%減)、営業利益59億ユーロ(11.6%減)
  • 中国/上期の販売は約97万3,000台で26%減。グループ最大の重石
  • 米関税/年間40〜50億ユーロ(約7,100〜8,900億円)のコスト増と説明

そして9月3〜4日、監査役会が「フューチャー・プラン2030」を全会一致で承認しました。
VW89年の歴史で最大規模の再編です。

  • 追加で約5万人を削減(すでに合意済みの約5万人に上乗せ。内部メモによればおよそ半分がドイツ国内)
  • 2035年までに車種を約50%削減、仕様の複雑性を約75%削減。廃止対象は75車種に及ぶと報じられている
  • エムデン、ツヴィッカウ、ハノーファー、ネッカーズルム(アウディ)の4工場は2031〜34年にかけて生産の割り当てを確保できず、代替用途を検討中
  • 欧州の生産能力は50万台以上が過剰
  • スペインのセアト・ブランドは段階的に終了する方向(2029年との報道)。資源はクプラへ

個人的にいちばん笑ってしまったのは、この再編プランの中にあった細かい数字です。
アウディ・ベントレー・ランボルギーニの3ブランドだけで、シートの仕様が現在2,600種類ある
これを約100種類に減らす。アウディのステアリングホイールは100種類から5種類へ。

プラットフォーム共通化でコストを下げたはずが、浮いた分を内装の作り分けに全部注ぎ込んでいた、ということです。
経営再建の現場を何度か見てきた身としては、これは実に「あるある」でして。
共通化の効果は、だいたい現場の良心とこだわりに食われます。

EVに賭けて、1兆円を失った

ここは私の趣味が入るので、先に白状しておきます。私はEVが好きではありません
以前からそう書いてきましたし、「EV否定派の私がこれだけは許せると思った」という記事まで書いた人間です。

ただ今回は、好き嫌いの話をしなくても数字だけで結論が出ます。

ポルシェの上期:911が伸び、タイカンが沈んだ

2026年上期、ポルシェの世界販売は12万2,306台で16%減。そのうち、

  • 911(内燃機関) 3万534台、前年比19%増
  • タイカン(EV) 6,219台、前年比25%減
  • マカン 3万5,315台(22%減)。内訳はガソリン1万9,695台、EV 1万5,620台と、EVのほうが少ない
  • パナメーラ 9,308台(38%減)
  • 中国は32%減。半期ベースで初めてドイツ本国を下回った

ガソリンの911が、EVのタイカンの5倍売れている。しかも伸びているのは911のほうです。

タイカンの推移はもっと残酷です。
2023年の4万629台をピークに、2024年2万836台、2025年1万6,339台、そして2026年上期はわずか6,219台。
年間1万3,000台に届かない計算になります。労使協議で2030年に生産終了する方向で内定したとも報じられました。

ポルシェは2026年1月1日付で、元マクラーレンCEOのミヒャエル・ライタース氏をトップに迎えました。
前任のオリバー・ブルーメ氏はVWグループCEOとの兼任を10年続けてきた人で、タイカンを世に出し「911以外は全部EVにする」計画を描いた張本人です。その計画は、いま逆回転しています。

  • ガソリンの718は2025年10月に生産終了
  • ガソリンのマカンも2026年7月末で生産終了。ただし、ガソリン/ハイブリッドの新型マカンを現在開発中
  • シュトゥットガルト地域で約1,900人の削減を計画

ガソリン車をやめると宣言し、やめて、やっぱり作り直す。
この往復にかかった費用が、今回の1兆円の減損の中身です。
メルセデスAMGがV8に原点回帰した話や、フェラーリがあえてマニュアルを復活させた12チリンドリ・マヌアーレを取り上げたときにも書きましたが、市場は思ったより正直です。

EUも、2035年の内燃機関禁止を諦めた

欧州委員会は2025年12月、2035年に新車のCO2排出を100%削減する規制を、90%削減へ緩和する提案を出しました。
これが通れば、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、レンジエクステンダーは2035年以降も販売できます。
2040年の100%目標も撤回されました。

ただし念のため書いておくと、現行法はまだ100%削減のままです
90%への引き下げ提案はEU理事会と欧州議会の承認を必要とし、2026年9月時点でまだ立法手続きの途中にあります。
「内燃機関禁止は撤回された」と断言する記事をいくつか見ましたが、正確には「撤回の提案が審議中」です。

公平のために書いておくこと

私の立場に都合の悪い数字も置いておきます。
VWは欧州のBEV市場では依然として首位で、上期の欧州BEV販売は37万7,000台と8.4%増。
西欧でのEV比率は19%から20%に上がり、BEVの受注残は前年比57%増の33万台あります。

崩れているのは中国と米国です。上期のグループBEV販売43万8,463台のうち、中国は47.9%減、米国は69%減。
中国は補助金終了、米国は関税と税額控除の廃止が効いています。

つまり正確な言い方はこうです。「EVが売れない」のではなく、「補助金のない市場では売れない」。
私が長年うさんくさいと思ってきたのは、まさにそこでした。

売れている車と、売れていない車(2026年の実数)

「VWは終わった」という論調をよく見ますが、車種別に見るとそう単純でもありません。

2026年上期のドイツ国内販売、上位3台は全部VWです。
ゴルフが4万4,625台で1位、T-Rocが3万2,442台で2位、ティグアンが2万9,242台で3位。欧州全体でもT-Rocが2位、ゴルフが5位、ティグアンが6位に入っています。
7月単月では、ゴルフが前年同月比13.6%増で欧州2位まで戻しました。

一方、同じドイツ国内でID.3は16位(1万8,240台)、ID.7は25位(1万4,658台)。看板のゴルフの半分以下です。

作っている車は売れている。問題は、売れている車の利幅が薄く、利幅を取るはずだった車が売れていないことです。
ドイツ勢全体の構図についてはBMWとメルセデスの決算比較記事でも触れましたが、この病は1社だけのものではありません。

日本のVW——10年で半分以下になったブランド

ここで日本市場に話を寄せます。近所のVWディーラーが静かに閉まっていく感覚、ありませんか。
あれは気のせいではありません。

日本自動車輸入組合(JAIA)の統計で、VWの国内販売はピークの2014年に6万7,438台。
ブランド別で輸入車1位でした。それが2025年は3万1,031台。2014年比で約46%です。

そして2026年は、さらに悪い。

JAPAN — JAN.TO AUG. 2026

外国メーカー車 新規登録台数(累計・カッコ内は前年同期比)

  • メルセデス・ベンツ 30,280台(92.2%)
  • BMW 18,930台(82.8%)
  • フォルクスワーゲン 17,715台(83.1%)
  • アウディ 13,270台(89.6%)
  • ポルシェ 6,591台(94.5%)
  • BYD 2,885台(137.4%
  • フェラーリ 1,183台(123.6%

出典:日本自動車輸入組合(JAIA)2026年8月 外国メーカー車新規登録台数(乗用車)

ドイツ御三家がそろって前年割れ。一方で中国のBYDと、超高級のフェラーリだけが2桁で伸びている。

この二極化は、日本の消費者の財布の形がそのまま出ています。
500万〜800万円の「ちょっといい輸入車」という真ん中の層が、いちばん薄くなっている。
下は安くて装備が厚い中国EVに、上は資産価値が落ちないスーパーカーに吸われました。
リセールバリューの視点で車を選ぶという発想が、贅沢ではなく防衛策として広がったということでもあります。

ちなみに輸入車市場の担い手も動いています。
メルセデス・ベンツ日本を長年率いた上野金太郎氏がBMWジャパンの社長に転じたのも2026年でした。
プレイヤーが入れ替わるときは、だいたい市場のルールが変わるときです。

同じ月に、VWはブガッティも手放していた

オスナブリュックの2日後、9月9日。
こちらはほとんど報じられませんでしたが、もっと象徴的な取引が完了しています。

ポルシェが、ブガッティ・リマックの保有株45%とリマック・グループの約21%をすべて売却し、ブガッティから完全に撤退しました
売却益は約10億ユーロ(約1,780億円)。うち2億5,000万ユーロ(約445億円)は年金債務の積み増しに充てられます。

買ったのはニューヨークのHOFキャピタル主導のコンソーシアム。エジプトの富豪サウィリス家が背景にあり、最大の出資者はアブダビのブルーファイブ・キャピタルです。
VWグループがブガッティを再興してから、およそ四半世紀。その縁が、この9月に切れました。

私はブガッティ・ミストラル「キャロライン」という、娘への愛を1,600馬力に刻んだ世界に1台のロードスターについて書いたことがあります。
あの種の狂気は、ドイツの量産メーカーが黒字の余剰で飼っていた贅沢でした。その飼い主が、いなくなった。

そして買い手を見てください。テルアビブのファンド、アブダビのファンド、エジプトの財閥。ブランデッドレジデンスの記事でドバイのブガッティ・レジデンスを取り上げたときにも書きましたが、いま「ブガッティ」というブランドの実際の持ち主は、看板からは読み取れないところにいます。

VWは、同じ月に工場と高級ブランドを売った。買ったのは、どちらも中東・地中海のマネーだった。
これが2026年9月に起きたことの全体像です。

スポンサーリンク

日産追浜工場の跡地で、同じことが起きようとしている

さて、遠いドイツの話として読んできた方に、ここで地図を日本に戻します。

日産自動車の追浜工場(神奈川県横須賀市)は、2027年度末で車両生産を終了します。
従業員は約2,400人。1961年操業で、現在は「ノート」と「ノートオーラ」を作っています。

そして、この土地の前歴がなかなかのものです。
旧日本海軍の航空技術廠と追浜飛行場の跡地。戦後に自動車工場になり、いま再び別の用途が検討されている。
歴史は繰り返すというより、同じ場所を何度も使い回している感じです。

鴻海は、降りた

最初の買い手候補は台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業でした。
2025年5月ごろから協議が始まり、研究所とテストコースを除く54万平方メートルの土地・建物・生産設備に加え、一部雇用の引き受けまで検討していたと報じられています。

ところが日産側が他の候補とも交渉を始めて回答を留保し続けたため、鴻海は2025年9月に断念。
日産の提示額は総額1,000億円を大きく超えたとされ、周辺の路線価から計算した土地相場は300〜400億円。
鴻海にとっては高い買い物でしたが、日本でEVの受託生産を軌道に乗せるには国内工場が要る、という事情で前向きだったようです。

ちなみに日産自体は、2026年に黒字へ戻してきています。この工場閉鎖は、その再建の代償の一部です。

次に来たのが、アンドゥリルだった

2026年6月25日、ロイターが報じました。
米国の新興防衛企業アンドゥリル・インダストリーズが、追浜工場の取得に向けて協議している——
軍事用ドローンの生産拠点に転換する構想で、です。

アンドゥリルは、パルマー・ラッキー氏が2017年に創業した防衛スタートアップです。
日本でいちばん近い比較対象は、楽天が提携した独ヘルシングでしょう。
実際、ヘルシングは「欧州版アンドゥリル」と呼ばれています。

報道の要点はこうです。

  • アンドゥリルは、工場の従業員の多くをドローン製造要員として採用する意向を示している
  • ただし正式決定ではなく、買い手候補は複数存在する
  • 関係者の1人は「この案件は日本の防衛政策とも絡む」と語っている
  • アンドゥリル側は「憶測にはコメントしない」としつつ、日本政府と緊密に連携していると説明
  • 日産は「引き続き検討しているが、現時点で決まったことはない」

別の候補もあります。月刊誌ファクタは、防衛省による取得案が浮上していると報じました。
追浜には自動車専用船が着ける埠頭があり、海上自衛隊横須賀地方総監部から約4キロ。
日米の艦艇整備拠点として「適地」だ、という理屈です。敷地面積は東京ドーム36個分。

さらに国会では、在日米軍の横浜ノース・ドックを追浜跡地へ移転してはどうか、という提案も出ています。

オスナブリュックと追浜の、不気味な相似形

並べてみると、構造がほとんど同じです。

OSNABRÜCK / OPPAMA

  • 閉鎖の理由
    EVシフトの失速と過剰生産能力/販売不振による国内工場の統廃合
  • 土地の前歴
    1901年創業の車体工房/旧海軍航空技術廠・追浜飛行場
  • 買い手
    テルアビブの防衛ファンド+州政府/米防衛スタートアップ、防衛省ほか(未定)
  • 新しい用途
    防空システムの車両・発射機/軍事用ドローン、艦艇整備拠点
  • 追い風
    独国防費 827億ユーロ→1,097億ユーロ(約14兆7,000億円→約19兆5,000億円)/日本の防衛費・関連経費 10兆6,000億円、GDP比1.9%

ドイツのほうが数か月だけ先を走っています。オスナブリュックは、追浜がこれから通る道の先例です。

そして、ドイツの事例が教えてくれる一番大事なことがあります。
企業が「やりません」と言っても、工場は軍需に行くということです。
VWは最後まで防衛事業の当事者にはなりませんでした。株主に止められたからです。
それでも工場は防空装備を作ります。会社の意思と、土地と設備と熟練工の行き先は、別々に決まる。

日本でも同じです。日産が「うちは兵器を作りません」と言っても、それは追浜の54万平方メートルが兵器を作らないことを意味しません。

地元は、静かではない

横須賀市には「日本でドローン兵器を製造するような事態は絶対に認められない」という市民の意見が寄せられ、市はそれに対して「日産から、現時点で決まったことはないとの回答を得ている」と公表しています。
横須賀市民九条の会は、旧軍港市転換法(軍転法)を根拠に市へ反対を要請しました。

一方で横須賀市は、日産の経営再建に資する活用が最優先だとしたうえで、地域活性化への配慮を日産に要望しています。
2,400人の雇用と、街の顔と、平和国家の建前。全部を同時に満たす答えは、たぶんありません。

付け加えると、横須賀は小泉進次郎防衛大臣の選挙区でもあります。
この事実をどう読むかは、読む人の政治的立場によって変わるでしょう。私は、事実だけ置いておきます。

工場は、いちばん正直な資産である

最後に、この記事で本当に言いたかったことを書きます。

ブランドは嘘をつけます。決算書もある程度は化粧ができます。株価は気分で動きます。

でも工場は嘘をつけません。何を作るかを変えた瞬間に、その会社が何を諦めたかが全部わかる。
オスナブリュックが防空装備を作ると決まった日、VWは「もうここでクルマを作る余裕はない」と世界に向けて申告したのと同じです。
1兆円の減損より、こちらのほうが雄弁だと思います。

私はEVが嫌いです。でもVWを嫌いになったのは、EVをやったからではありません。
EVに全部賭けて、負けて、その賭け金を工場とブランドの切り売りで払っているからです。
カルマンギアを作った土地も、ブガッティという名前も、本来は売らなくていいものでした。

そして追浜です。日産が黒字に戻るために閉じる工場を、誰が買い、何を作るのか。
2026年9月時点で、まだ決まっていません。決まっていないうちに見ておくことに、意味があります。

決まってから驚くのは、ニュースの消費者です。
決まる前に構造を知っておくのが、当事者の側の読み方だと思っています。

ACTION — WHAT TO WATCH

  • オスナブリュック売却の規制当局審査の結果(最終合意はまだ)
  • VW第3四半期決算(特別損失の大半が計上される見込み)
  • ポルシェのキャピタルマーケッツ・デー(2026年10月7日)
  • 追浜工場の跡地活用の決定と、横須賀市・地元の反応
  • EUの2035年CO2規制緩和案が理事会・議会を通るか

為替やマクロの側から見た同じ時期の日本については、日銀1.25%利上げと沖縄の軍用地を扱った記事でも書きました。
防衛費が増える国で土地の値段がどう動くかという話は、追浜とも無縁ではありません。

NOTE — USAGI GIKEN

この密度の記事を、noteでは有料で出しています

本サイトの記事は全部無料です。この記事も無料です。
ただ正直に言うと、これと同じ手間をかけた記事を、noteでは有料で売っています。資本構成、利益相反、誰が誰の身内なのか——うちのサイトに書くと角が立ちすぎる部分は、あちらに置いてあります。
「無料でこれなら、有料は何が書いてあるんだ」と思った方だけ、覗いてみてください。

note「うさぎ技研」を見る / メンバーシップ「USAGI GIKEN Intelligence Lab」

よくある質問

Q
VWはイスラエル企業と組んだのですか?
A

いいえ。
VWは2026年4月にラファエル社と基本合意書を交わしましたが、7月に株主のカタール投資庁(議決権17%)が合弁案を阻止したと報じられました。
その後VWは工場を会社ごとアウレリウス・キャピタルとニーダーザクセン州に売却する形を選び、防衛事業の当事者からは完全に降りています。
ラファエルと組むのは新しい所有者であり、VW自身ではありません。

Q
オスナブリュック工場ではアイアンドームそのものを作るのですか?
A

迎撃ミサイル「タミル」本体は作られないと報じられています。
製造対象として挙がっているのは、防空システム向けの軍用車両、発射機、発電機などの装備です。
VW自身の発表も「ドイツおよび欧州向けの防空システム用機器や部品の製造の可能性」という表現にとどめています。

Q
VWの営業利益率1%は、赤字ということですか?
A

通期では黒字ですが、内訳は厳しい数字です。
上半期の時点で約59億ユーロの営業利益を計上済みのため、通期の利益率が最大1%にとどまるということは、下半期が営業赤字になる計算になります。
約100億ユーロの特別損失のうち、約60億ユーロはポルシェ事業ののれん減損で、現金の流出を伴わない会計処理です。

Q
日産追浜工場の跡地はどうなるのですか?
A

2026年9月時点で決まっていません。
台湾の鴻海との交渉は2025年9月に破談し、その後2026年6月に米アンドゥリル・インダストリーズとの協議がロイターによって報じられました。
防衛省による取得案も浮上していますが、いずれも正式決定ではありません。
日産は「複数の可能性について協議中」としています。

Q
EUの2035年内燃機関禁止は撤回されたのですか?
A

まだ撤回されていません。
欧州委員会は2025年12月、CO2削減目標を100%から90%へ緩和する提案を出し、ハイブリッドやレンジエクステンダーの2035年以降の販売継続に道を開きました。
ただし現行法は100%のままで、提案はEU理事会と欧州議会の承認を経る必要があり、2026年9月時点で立法手続きの途中にあります。

スポンサーリンク

THE EXECUTIVE CURATION

25年の投資経験から選んだ「本物」だけを

思考を深める投資・ビジネスの名著、翌日のパフォーマンスを守る酒の選び方、沖縄在住者が選ぶラグジュアリーの必需品。Amazonストアフロントにまとめています。

Amazonストアフロントを見る

Amazonのアソシエイトとして、うさぎ技研は適格販売により収入を得ています。

※記事中の外貨建て金額は、2026年9月中旬の水準(1ユーロ=約178円、1ドル=約153円)で円換算しています。

コメント

スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました