2026年8月26日、マレーシア証券取引所(ブルサ・マレーシア)に一通の決算資料が提出された。
提出者はベルジャヤ・プロパティ。
沖縄県恩納村で「フォーシーズンズ・リゾート&プライベートレジデンス沖縄」を建設している、あの会社である。
その資料の見通し欄に、こう書かれていた。
当グループは、日本のフォーシーズンズ・リゾート&プライベートレジデンス沖縄について、完成および開業の目標時期を2027年第4四半期としている。
第4四半期。10月から12月である。
日本国内で流通している情報は、いまも「2027年夏」で止まっている。当サイトの前回記事もそうだった。
まずここを訂正しておきたい。
そして奇妙なのは、ここからだ。現地の建物は、もう最上階まで立ち上がっている。
会社自身が示した新しい開業時期
ベルジャヤ・プロパティ(Berjaya Property Bhd)は、マレーシア最大級の複合企業ベルジャヤ・グループの不動産部門だ。
日本ではフォーシーズンズホテル京都のオーナーとして知られている。
なお同社は最近まで「ベルジャヤ・ランド」という社名だった。2026年に商号を変更している。
前回記事から社名が変わっているのはそのためだ。
今回の開示は、同社の2026年6月期(FY2026)通期決算に添えられた翌期の見通しの中に置かれていた。
プレスリリースでもなく、記者会見でもない。決算資料の一節である。
だから日本のメディアはまだ誰も拾っていない。
1四半期から2四半期のズレである。それ自体は、この規模の開発では珍しい話ではない。
問題は、このズレが「単独の事象なのか」という点だ。
建物は、もう最上階まで立ち上がっている
先に現地の話をしておく。
恩納村の建設現場では、2026年春の時点で最上階付近まで躯体が到達しているという目撃記録がSNS上に複数残っている。国道58号を走れば、すでにホテルの輪郭がはっきり見える段階だ。
つまり「工事が止まっている」わけではない。ここは誤解のないように強調しておきたい。
鉄骨は上がり、外装も進んでいる。ではなぜ、開業だけが後ろにずれるのか。
ラグジュアリーホテルの開業準備には、躯体が完成してからが本番という側面がある。
内装、FF&E(家具・什器・備品)、人材採用と数か月に及ぶトレーニング、そして分譲レジデンスの販売。
フォーシーズンズ級のブランドは、この仕上げ工程に途方もない金と時間を投じる。
京都の事例でも、竣工から開業まで相応の期間を要している。
内装工程を直撃した「ナフサショック」
そしてもうひとつ、2026年の日本の建設現場には、去年まで存在しなかった事情がある。
2026年2月末から3月にかけて、中東情勢の悪化でホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥った。
日本は原油の約9割、そしてナフサの約7割を中東からの輸入に頼っている。
ナフサは原油を精製して得られる液体で、プラスチック・合成繊維・塗料・接着剤・断熱材といった化学製品の出発点になる原料だ。
この供給網が、春先に一気に詰まった。
並べてみるとわかるが、不足したのはすべて内装工程で使うものだ。
ついでに言えば、ホテルのカーテンやカーペットといったファブリック類も、多くはポリエステル、つまりナフサ由来である。
影響は実害として表面化している。
三菱地所と三井不動産は、4月に契約者へ引き渡し遅延の可能性を通知した。
全国建設業協会も、工事の中止や遅延は避けられないとの見解を示している。
帝国データバンクの調査では、資材の「調達が不安定/入手困難」と答えた企業が73.0%、「調達リードタイムの長期化」が50.2%にのぼった。
そして業界メディアが繰り返し使っている表現が、これである。
内装がほぼ仕上がっているのに、設備待ちのまま数か月単位で遅れる現場が出始めている。
資材は大手ハウスメーカーやゼネコンへ優先的に回る構造になっており、地場の業者ほど後回しになりやすい。
そして沖縄は離島だ。資材はすべて海を渡ってくる。
ここで、時系列を重ねてみてほしい。
「2027年夏」という開業目標が置かれたのは、2024年3月の起工式である。ナフサショックの2年前だ。
そして目標が「2027年第4四半期」に書き換えられたのは、ショックが起きたあとの2026年8月26日である。
躯体が終わって内装に移る、まさにその時期に、内装資材の供給網が全国規模で詰まった。
ナフサ価格そのものは6月下旬に危機前の水準まで反落したが、専門家の見立てでは値上がりと納期の混乱は2026年内は高止まりし、落ち着くのは2026年末から2027年前半とされている。
ただし、公平のために書いておく。
ベルジャヤ側は、開業時期の変更理由を一切説明していない。ナフサショックとの関係も同社は言及していない。
ここは推測である。
それでも、この時期に日本で内装工事を抱えている事業者が全員直面している事実である以上、無関係と考えるほうが不自然だろう。
要するに、いま必要なのは鉄骨ではない。資材と、現金である。
そこで親会社の決算に戻ることになる。
起工式を2回やっているプロジェクト
本題の前に、このプロジェクトの来歴を整理しておきたい。
意外と知られていないが、フォーシーズンズ沖縄は起工式を2回開いている。
当初の開業予定から数えれば、3年以上の後ろ倒しである。
そして事業費は443億円から約1,000億円へ、2.26倍に膨らんだ。
建設資材と人件費の世界的な高騰、仕様のグレードアップ。理由はいくつも挙げられるし、実際そのとおりだろう。ただ、この2.26倍を負担しているのが誰なのかを見ておく必要がある。
親会社の2026年6月期決算を読む
ベルジャヤ・プロパティのFY2026通期決算は、率直に言って厳しい内容だった。
以下、1リンギ=約40円で円換算している。
売上は約2,970億円で、前年比2.1%減。数字としては横ばいに近い。深刻なのは利益とキャッシュフローのほうだ。
不振の内訳を、会社は次のように説明している。
宝くじ事業(STMロタリー。マレーシアの公認宝くじ運営会社)の売上減、傘下の英国高級車ディーラーH.R.オーウェン(ロールスロイスやフェラーリを扱う老舗)の損失、そしてホテル・リゾート部門の稼働率と客室単価の低下。
ホテル部門の不振について会社が挙げた理由は「中東情勢の継続によるレジャー需要の軟化」だった。
さきほど見たナフサショックと、同じ中東情勢である。
供給側では内装資材の調達を、需要側では既存ホテルの客足を。
同じひとつの出来事が、このグループを両側から挟んでいる。
加えて、中国の「グレートモール」プロジェクトで追加の減損を約47億円計上している。
売却先からの代金回収をめぐる法的手続きが長引いているためだ。
ただし、公平を期すために書いておく。
第4四半期単体では親会社株主に帰属する段階で黒字に転換しており、税引前利益は3倍以上に伸びた。
マレーシア国内の住宅開発が寄与している。手元の現金及び現金同等物も6月30日時点で約428億円ある。
すぐに資金が尽きるという類の話ではない。
創業者の持ち株が、23%から15%へ
もうひとつ、2026年に起きたことがある。
ベルジャヤ・グループの創業者、タン・スリ・ヴィンセント・タン氏。
2024年3月の起工式で「沖縄の経済発展に大きく貢献すると信じている」と語った、あの人物である。
ブルームバーグおよびマレーシアの経済紙ジ・エッジによれば、タン氏は2026年5月28日、7回の相対取引を通じてベルジャヤ・コーポレーションの株式4億6,165万株、約46億円分を売却した。
これにより持ち株比率は約23%から15.08%へと低下している。
3月にも5.25%を売却しており、一連の売却の一環だと報じられている。
この結果、タン氏はスポーツトト、REDtoneデジタルなど6社で「実質株主(substantial shareholder)」の資格を失った。その6社のなかには、ベルジャヤ・プロパティも含まれている。
フォーシーズンズ沖縄を保有する会社の、大株主ではなくなったということだ。
あわせて、グループは資産の整理を進めている。
廃棄物処理会社のベルジャヤ・エンビロを約280億円で売却、ベトナムの合弁事業の80%持分を約81億円で売却、教育事業も手放した。REDtone株の一部売却については、ジ・エッジが「借入返済と運転資金のため」と報じている。
損害保険会社ベルジャヤ・ソンポ(損保ジャパンとの合弁)の30%持分についても、売却が検討されていると報じられた。
参考までに、ベルジャヤ・コーポレーションの株価は24.5セン、時価総額はおよそ600億円である。
沖縄で建てているホテルの総事業費が約1,000億円だ。
この構図を1年間書き続けてきて、いつも同じところで詰まった。「では、こちら側は何ができるのか」という問いに答えられなかった。
横浜のフォーシーズンズは、まだ更地である
沖縄の行方を占ううえで、もうひとつ見ておくべき現場がある。横浜だ。
2020年6月、横浜市はみなとみらい21中央地区62街区の事業予定者を、ベルジャヤ・コーポレーションを代表企業とし、丸紅と大和ハウス工業が参画する企業グループに決定した。「HARBOR EDGE PROJECT」。
地上14階建て、フォーシーズンズを核に水族館と商業施設を併設する複合開発である。
国土交通大臣の認定も受けている。
竣工予定は6年間で2026年3月から2028年9月へ、2年半ずれた。
そして建設ウォッチャーの定点観測によれば、2025年12月時点でも2026年3月時点でも、現地は着工に至っていない。用地そのものは2024年3月に約126億円で取得済みである。
2025年夏、同社グループCEOはメディアの取材に「設計はほぼ完了しており、年内にモデルユニットを建てる。着工は来年」と語っていた。
その「来年」が、2026年である。
かつてヴィンセント・タン氏は「日本で計10軒のフォーシーズンズを建てる」と宣言していた。
現時点で、京都が1軒。沖縄が建設中。横浜が更地である。
それでも、沖縄の建物は建つ
ここまで並べると悲観的に読めるかもしれないので、逆側からも見ておく。
筆者は、フォーシーズンズ沖縄が完成しないとは考えていない。理由は3つある。
第一に、すでに投じた金額が大きすぎる。
前回記事で確認したとおり、日本国内の関連会社が計上する有形固定資産は2社合計で約660億円に達していた。
土地と建設仮勘定である。ここで止めれば、その全額が回収不能になる。
第二に、資金調達の構造がノンリコース型である。
琉球銀行が主導し、TSUBASAアライアンス全10行を含む22の金融機関が参加したシンジケートローンは、プロジェクト単体の収益で返済する仕組みだ。
裏を返せば、完成させて分譲と宿泊で回収する以外に、貸し手にも借り手にも出口がない。
第三に、フォーシーズンズ側のブランド管理がある。
運営者としてのフォーシーズンズは、中途半端な状態での開業を許容しない。
開業時期が後ろにずれること自体が、むしろ品質基準が働いている証拠だという読み方もできる。
だから問題は「建つか建たないか」ではない。いつ、どんな条件で、誰の負担で建つのかである。
では、日本側の「器」はどうなっているのか
前回、当サイトはこのプロジェクトの資金が日本国内でどのような「器」に入っているかを、登記情報と官報の決算公告から追跡した。
恩納村と東京都千代田区に散らばる3つの法人。そこに積み上がった総資産756億円。
今回あらためて追跡したところ、そのうち1社について、これまで報じられていないある公告が見つかった。
そしてもう1社には、社名に関する興味深い経緯がある。
さらに、次の決算公告が出るタイミングが近い。
そこに現れる数字が、2027年Q4というスケジュールが現実的かどうかを判断する最良の材料になる。
・プロジェクトの中核SPCに残る、旧社名という痕跡
・次に公告される決算で何を見るべきか
・22行シンジケートとノンリコース融資、実際に誰がリスクを負うのか
・筆者が現地を撮影した最新の工事進捗
よくある質問
- Qフォーシーズンズ沖縄の開業はいつですか?
- A
開発主体のベルジャヤ・プロパティが2026年8月26日にマレーシア証券取引所へ提出した決算資料では、完成および開業の目標時期を「2027年第4四半期」としています。
日本国内で広く流通している「2027年夏」という情報より後ろの時期です。なお正式な開業日はまだ発表されていません。
- Qなぜ開業時期が後ろ倒しになったのですか?
- A
会社側から具体的な理由の説明は出ていません。
考えられる要因のひとつが、2026年春以降のナフサショックです。中東情勢の悪化を発端に、塗料・接着剤・断熱材・樹脂配管・住宅設備といった内装工程の資材が全国的に不足し、三菱地所や三井不動産が契約者へ引き渡し遅延の可能性を通知する事態になりました。フォーシーズンズ沖縄はちょうど躯体から内装へ移る時期にあたります。
加えて、親会社の2026年6月期は営業キャッシュフローが約228億円のマイナスに転じており、仕上げ工程の資金環境も前年より厳しくなっています。ただし、いずれも会社が理由として説明したものではありません。
- Q工事は止まっているのですか?
- A
止まっていません。
恩納村の現地では2026年春の時点で躯体が最上階付近まで到達しており、国道58号側からもホテルの輪郭がはっきり確認できる段階に達しています。
開業時期の変更は、工事の停止を意味するものではありません。
- Qコンドミニアムやヴィラの販売は始まっていますか?
- A
本稿執筆時点で、日本語による一般向けの販売窓口は公表されていません。
分譲はコンドミニアム124戸とヴィラ28棟。2024年3月の起工式でベルジャヤ側が想定単価に言及していることから、アジア富裕層向けの先行販売が動いている可能性はありますが、進捗は開示されていません。当サイトの前回記事で価格レンジの試算と想定される購入ルートを整理しています。
- Q開業に向けた求人・採用は始まっていますか?
- A
本稿執筆時点で、開業準備室の設置や大規模採用の公式発表は確認できていません。
ラグジュアリーホテルでは開業のおおむね1年前から幹部採用が、半年前前後から一般スタッフの採用が本格化するのが通例です。
開業目標が2027年第4四半期であれば、募集開始の時期もそれに応じて後ろにずれる可能性があります。
- Q建設場所はどこですか?
- A
沖縄県国頭郡恩納村字恩納、旧・米軍恩納通信所の跡地です。1996年に返還された約63ヘクタールの敷地のうち、マスタープラン全体で約40ヘクタール、ホテル部分はそのうち13万平方メートル超を使用します。
万座毛にほど近い西海岸沿い、いわゆる「サンセット・ストリップ」と呼ばれる高級リゾート集積地帯に位置します。
まとめ
会社自身の開示によれば、フォーシーズンズ沖縄の開業目標は2027年第4四半期になった。
建物は最上階まで立ち上がっている。にもかかわらず、開業だけが後ろへずれた。
その背景には、ホルムズ海峡から始まった資材危機が内装工程を直撃し、親会社の営業キャッシュフローが228億円のマイナスに転じ、創業者が持ち株を23%から15%へ減らし、グループが資産を次々と売却し、横浜の同ブランド案件が6年経っても更地のままという事実が並んでいる。
これらが因果関係でつながっているのかどうか、筆者は断定しない。断定できるだけの材料がないからだ。
ただ、恩納村に1,000億円の建物が建ちつつある以上、その背後で何が起きているかを知っておく価値はある。
少なくとも、地元の建設会社にとっても、恩納村にとっても、そして分譲を検討している人にとっても。
天気の良い近いうちに現地を見てくる予定だ。
邪魔にならないよう、遠くからそっと応援してくる。
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